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不妊治療について部下に相談された時、人事としての正しい対応は?

2021/09/05

Marbera運営事務局

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働きながら不妊治療をする人の実態

2021年1月から、不妊治療に関する助成金制度が一部拡充されました。さらに2022年4月には、人工授精など不妊治療の一部が保険適用になる予定です。不妊治療にもいろいろな治療法がありますが、たとえば体外受精ともなると一般的に50万円~100万円ほどかかり、費用の負担が大きいことを理由に治療を断念することも珍しいことではありません。

費用面での話はごく一部分的な側面でしかありませんが、このように不妊治療が身近になることで治療に積極的になる人がこれまで以上に増えていくことが考えられます。

不妊治療というのはごくプライベートな話題でもあり、治療を受けていることを周囲に伝えていないケースはたくさんあります。治療内容によっては体調面やスケジュール面で日常生活に大きな影響を与えることもありますが、なんとか仕事と不妊治療を両立している人は想像しているよりも多いかもしれません。

実際、厚生労働省の調査によると不妊治療を受けている女性の約17%のが治療と仕事を両立できずに離職したと回答しています。

治療による離職はライフプランを大きく変化させる

ホルモン投与の副反応といった治療による体調変化やメンタル面での負担、スケジュールの負担など、ひとくちに不妊治療のためといっても離職の理由は人それぞれ異なります。

しかし、治療による離職はときにライフプランを大きく変化させることがあります。

現在では正規雇用の場合は半数以上の女性が結婚後も仕事を続けており、結婚前のアンケートにおいても約半数の女性が「結婚後も仕事を続けたい」と回答しています。女性と仕事を取り巻く環境はこの10年でも大きく変化し、育児休業や産前産後休暇などを活用しながら出産後にも仕事を続ける女性というのも珍しくはなくなりました。

一方で、不妊治療を理由に仕事を辞めるということは、もちろんその時点でキャリアに一定のブランクができるということでもありますが、ライフプランに与える影響はそれだけではありません。大前提として不妊治療をしている人には出産という大きな目的があります。無事に治療が成功し、妊娠を継続、出産ということになれば、ほとんどの人が仕事につかないまま出産することになります。しかし、特に都心部では、度々問題提起されているほど保育園に入れるというのは大きなハードルのひとつです。

たとえば子供を保育園に入れようと思うと「就労予定」よりも「就労している」ほうが圧倒的に有利です。ところが、出産後に就職しようとすると「子供の預け先が決まっていること」を条件に内定を出す会社がたくさんあります。つまり、仕事をしていないと保育園が決まらず、保育園が決まらないと仕事が決まらないという連鎖に陥ってしまう可能性があります。その結果、不妊治療のための離職が想像以上に長期化してしまうことになります。

不妊治療について部下に相談されたときのために理解したいこと

このように、不妊治療当事者が仕事を続けるには他者が想像できないような困難がたくさんあります。不妊治療の経験がある人ならば共感できるということもありますが、治療による負担は人によって異なり、当事者同士であっても完全に理解し合うというのは難しいことです。

部下から不妊治療について相談されたときのために、あらかじめ理解しておきたいことをいくつかまとめてみました。

治療をオープンにすることで嫌な思いをした経験がある当事者もいる

そもそも治療のことを職場でオープンにしない理由は、プライベートなことだからという以外に「言わなくても大きな影響がない」というケースもあります。しかし、治療をオープンにすることによって職場で不快な思いをしたことがあるという当事者も少なからずいます。

その多くは上司や同僚など他者からの発言によるものです。不妊治療は連日の通院が必要になる人もいて、同じ職場で働く人に負担をかけてしまうということも少なからずあるかもしれません。その中でついつい愚痴や嫌味がこぼれてしまうということがあるようですが、これは不妊治療に限らず病気や介護をしている人でも同じことです。

また、不妊治療をしていれば治療が思うように進まない局面も多々あり、治療当事者の精神的負担も大きいものです。周囲からすれば励ましのつもりの言葉でも、当事者にとってはそう受け取れないときもあります。治療については不躾に内容を聞いたり過剰に励ましたりせず、当事者が話をすれば聞くといったスタンスでそっと見守ってあげましょう。

治療のことを伝える相手は当事者が決める

部下から不妊治療についての相談をされたとき、治療についての内容をどの程度オープンにするかは必ず当事者と相談するようにしてください。プライベートなことを伝えるというのは信頼関係によるものでもあり、他の人にも伝えたいとは限りません。

たとえば会社によっては不妊治療のための制度や福利厚生が活用できる場合があり、そのためにも人事部にも報告したほうが良いと考える上司がいます。しかし、制度を活用できたとしても周囲と接しにくくなる、働きにくくなる、と考える人にとっては制度の活用は最優先ではありません。

また、仕事の内容によっては上司だけではなく同僚にも伝えたほうがスケジュール管理などがしやすくなることがあります。その場合も、できればチーム内で共有したいということを伝え、誰に伝えるか、何を伝えるかというのを当事者と相談しながら決めていくのが理想です。

人事制度のための働きかけも必要

不妊治療のための制度や助成がある会社は少しずつ増えていますが、まだまだ一般的ではありません。これは不妊治療に限ったことではなく障がい者雇用などでも同様のことですが、特に人数規模の大きい会社では「希望に合わせた配慮をしても業務的には影響がないものの、社内規則の縛りが邪魔をして個別配慮ができない」というケースがあります。具体的には、通院のために1時間程度仕事を抜けたいというだけでも、丸一日有給を使わなければならない場合などがそれに当てはまります。

こういった場合、不妊治療のための制度拡充を必要としている人がいることを会社に伝えるなど、制度そのものを変えていくためのサポートというのもとても助けになります。当事者の名前を明かさなくてもできるサポートの形として覚えておきましょう。

不妊治療をしている社員に対する人事としての正しい対応は?

不妊治療のような繊細な話は、信頼関係が築けている上司だから相談したいという人もいれば、一定の距離があるからこそ人事の方が相談しやすいと考える人もいます。

直接の部下ではなくても、不妊治療をしているから相談を受けた際の人事としての正しい対応を考えてみましょう。

不妊治療と仕事を両立する人が利用している制度を知る

まずは必要とされている制度を知るためにも、不妊治療と仕事を両立している人が実際に利用している制度理解しましょう。

不妊治療をしている人が利用している制度で一番多いのは有給休暇、その次が柔軟な勤務形態、そして休職制度です。体外受精ともなると連日通院が必要になることや、その予定が前日にならないと決まらないことなどもあり、突発的な休みが必要となることも多々あります。また注射のためだけの通院などでは1時間あれば仕事に戻れる場合や、午前中だけ、午後だけといった通院で事足りるということも。そのたびに有給休暇を使っていてあっという間に有給がなくなってしまう、部署で不妊治療のことをオープンにしていないので、度々有給の理由を説明しにくいなどは当事者に起こりがちな悩みです。有給休暇を取りやすくしたり、時間給を取れるようにしたりというのは当事者にとって助かる配慮です。

また、柔軟な勤務形態というのも一部これに当てはまり、時間や場所を限定しない業務などを指しています。通院の日だけでもフレックスやリモート勤務を活用できるとスケジュール的な負担が大きく軽減されます。

必要な配慮は当事者に確認する

不妊治療といっても、タイミング法や人工授精では少ない人では月に1度程度の通院で済むことがあり、かと思えば体外受精では多い人の場合1週間以上継続した通院が必要な人もいます。また、不妊治療や妊娠、出産についての話題すらすべて避けたいと感じる人もいれば、周囲に気を遣わせてしまうことを負担に思う人もいます。

良かれと思って先回りの配慮をするのではなく、どんな配慮が必要なのかは当事者に直接確認しましょう。

行政や専門家のサポートを受ける

不妊治療当事者が仕事との両立を続けられるように、厚生労働省では不妊治療と仕事の 両立サポートハンドブックというものを用意しています。その他にも不妊治療を受けながら働き続けられる職場づくりのためのマニュアルなどがあり、ここには治療に関する実情や不妊治療のための人事制度を取り入れた企業の成功事例なども掲載されています。

また、最近では社員のメンタルヘルス向上のため、カウンセリング制度を活用できる会社が増えています。不妊治療当事者はメンタル面での負担が大きく、特に体外受精のような高度不妊治療経験者では治療初期における抑うつ症状は半数以上の人に見られることもわかっています。カウンセラーの中には不妊治療に関する専門知識を有する不妊専門カウンセラーという人がいます。必要に応じて不妊カウンセラーに相談できる環境などを整備するのも良いでしょう。

現場との調整を忘れない

不妊治療に限らず、育児や介護と仕事を両立する人にとって必要なのは制度だけではありません。いくら活用しやすい制度があっても、「働きやすい制度」とあわせて多くの労働者が望んでいるのは「働きやすい環境」です。

人事として様々な配慮を用意しても、部署での理解が乏しい場合、制度を活用することでかえって部署内での軋轢を生んでしまうことがあります。当事者がどのような配慮を必要としているのか、どういった言葉に傷ついてしまうのか、といったことはしっかり部署と共有し、働きやすい制度だけでなく働きやすい環境を作ることを目指しましょう。

不妊治療と仕事の両立は会社のサポートが必要不可欠

不妊というのは治療を受けているか否かに関わらず、それだけで精神的に大きな負担になるものです。金銭面での問題もあり、治療と仕事をなんとか両立したいと考えている人は多いのですが、現実では妊娠、出産した人への制度は整いつつあるものの、同じように子供を望む治療当事者への理解や制度拡充はまだまだ不足しています。

不妊治療と仕事の両立のためには、会社のサポートは必要不可欠です。出産自体は限られた人へのサポートで自分には関係ないと思う人もいるかもしれません。しかし、繰り返しお伝えしているように、個人に合わせた配慮を必要としているのは不妊治療当事者だけではありません。

お互いを尊重した働き方というのは病気の療養や介護、育児を抱えながら働く人からも必要とされ、誰もが直面し得る問題です。誰もが働きやすい職場づくりの一貫として、不妊治療をしている社員へのサポートを前向きに検討してください。