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「日本は世界一の不妊治療大国なのに、世界一体外受精の成功率が低い」のカラクリ

川口 優太郎先生

不妊治療を受けられている患者様の中には、もしかしたらすでに目にされたという方もいらっしゃるかと思いますが、ニュースサイトでこんな見出しの記事が掲載されていたのをご存知でしょうか?
『日本は世界一の不妊治療大国で、世界一成功率が低い』

記事の内容としては、日本の体外受精治療周期数はアメリカと比較して約1.5倍、ドイツ、フランス、韓国などとの比較では約3倍にもなり、世界で一番治療周期数が多いこと。その一方で、治療による出産率はアメリカの1/3程度で、世界で最も低い数値であるとのことでした。

この記事だけを読むと、「ふ~ん。日本の不妊治療って確率が低いんだ。じゃぁアメリカでも行くか・・・」となってしまいそうですよね?
確かに、数字の上だけではその通りかもしれませんが、本当にこのデータをそのまま鵜呑みにしても良いのでしょうか?
今回は、このデータのカラクリを解き明かしながら、『日本は世界一の不妊治療大国で、成功率が低い』の真実をお伝えしていきたいと思います。

⚫︎日本では高齢で妊活スタートする人が多い

日本が不妊治療大国で成功率が低いという理由の一つに、『年齢』があります。
先ほどの記事の中では触れられていませんでしたが、実は世界的に見ると、日本で不妊治療を受けられている患者様の年齢層は他国と比較すると約1~4歳程度高齢です。理由は異なりますが、この傾向は中国(大陸中国)でも同様に見られています。

近年、日本では女性の社会進出が活発になっていることで、妊活、あるいは不妊治療を開始する時の年齢が、ここ数年で飛躍的に引き上げられているという社会的な背景があります。
そのため、妊活や不妊治療を開始したのが40代からという方も非常に多く、すでに妊娠・出産適齢期を過ぎてしまっているという方も少なくありません。
少し脱線しますが、先述した中国で同様の傾向が見られているのは、いわゆる『一人っ子政策』が関係していると言われています。1970年代にスタートした人口制限政策である一人っ子政策が、2015年に一組の夫婦につき2人まで子どもが認められるように緩和されたことを受け、一人っ子政策によって兄弟・姉妹をあきらめていたご夫婦が、40歳を過ぎて子どもが欲しいと不妊治療に挑戦するケースが増えているためだと考えられています。

さて、話しを戻しますが、不妊治療にとって『年齢』は非常に大きなウエートを占めています。

不妊治療を行った場合、一度の治療周期で赤ちゃんを授かる確率は、20代から30代前半であれば約20~30%半ばですが、30代後半から15~20%程度に低下し、40代では5~10%、43歳を超えたら1%未満にまで低下します。
つまり、日本の不妊治療の成功率が低い理由の一つは、他国と比較して治療を受けている患者様の年齢層が高いことに関係しているのです。
実際、年齢というバイアスを無くして(※35歳以下のみ)検証した場合、日本の不妊治療成功率は他国と比較しても相違はほとんどありません。
また、高齢の患者様(※43歳以上のみ)で、ドナー卵子などの症例を排除して検証した場合には、不妊治療の成功率(※移植後の胎嚢確認まで)はむしろ他国よりもやや高めなのです。

⚫︎日本が不妊治療大国だと言われるもう一つの理由・・・
また、これらに関連して、日本が不妊治療大国だと言われる理由がもう一つあります。

それは、日本人が他国と比較して、妊娠など生殖に関する知識が顕著に低いという点です。
2013年にヨーロッパの生殖医療専門ジャーナルであるHuman Reproductionに掲載された研究に
よると、先進国の中でも日本人はとりわけ生殖に関する知識が乏しく、途上国と比較しても知識量が極めて少ないという結果が示されています。
例えば、皆さんはこんな質問に正しく答えられるでしょうか?

Q.1 いちばん妊娠しやすいタイミングは排卵日である。〇 or ×
Q.2 良好な精子を取るためには禁欲期間は出来るだけ長い方が良い。 〇 or ×
Q.3 基礎体温は排卵日を知るために最も適したツールである。 〇 or ×
Q.4 不妊検査で何も悪い所見が見つからなければ、自然妊娠は可能である。 〇 or ×

さてどうでしょうか?皆さん分かりましたか?
答えは、すべて[×]です。
解説は最後にまとめるとして、実際のところ、「全問正解!こんなの簡単だよ!」という方、「えっ!ここ違うの?」という方、半々くらいなのではないかなぁと思います。研究によると、このような質問にすべて正しく答えられた日本人は、約3割程度しかいなかったとのことです。
このような生殖に関しての正しい教育が行き届いていないことや、ネットなどに上がっている間
違った情報を信じてしまっていること、さらには、そもそも生殖に対する“無関心”が結果的に治療開始年齢の高齢化を招き、不妊治療を受ける患者様を増加させている要因であると考えます。

女性には妊娠・出産適齢期というものが存在します。
簡単に言えば、母体・児ともに健康的に妊娠から出産までを迎えることが出来る年齢の事です。
ファミリープランニングを専門に行っている団体が、2015年に10代後半から20代の女性を対象
として行ったアンケート調査によると、妊娠・出産適齢期という言葉自体を知らない・聞いたことが無い、あるいは自分に当てはめて考えたことがないという女性が合わせて70%近いというデータが示されています。

生殖に対する無関心からかはわかりませんが、「妊娠なんていつでも出来るから今は仕事が大事!」と誤った認識の下でキャリアを優先する女性が増えている日本の現状を鑑みると、日本が世界一の不妊治療大国で世界一成功率が低いという不名誉な称号はまだまだ付きまとうのかもしれません。

確かに数字の上では記事の内容その通りなのですが、女性(特に若い方々)がほんの少しだけ未来に意識を向けること。具体的には、いつまでに結婚して、いつまでに子どもを産むのか。そういった計画的なライフプランニングをしっかりと行う女性が増えていくこと、そしてそういった女性こそが“意識高い系女子”という風に少しずつシフトしていけば、この現状は大きく変わっていくのではないでしょうか?

【設問の解説】
Q.1 いちばん妊娠しやすいタイミングは排卵日である。(答え;×)
A.一番妊娠しやすいタイミングは排卵日の2日前であることが先行研究より示されています。
Q.2 良好な精子を取るためには禁欲期間が長い方が良い。 (答え;×)
A.精液検査を行う際には、2~3日間の禁欲期間の後に行うことが推奨されています。
禁欲期間が長いと、精子の運動率の低下や染色体(遺伝子)に損傷を受けた精子が増えることが
示されています。
Q.3 基礎体温は排卵日を知るために最も適したツールである。 (答え;×)
A.体調や心の状態によっても体温が変化することがあります。また、毎日同じ時間に計測する
という煩雑さから、最も適したツールとは言い難いです。
Q.4 不妊検査で何も悪い所見が見つからなければ、自然妊娠は可能である。 (答え;×)
A.遺伝子的な要因や、卵子あるいは精子自体の受精障害、年齢による卵子の質の低下、その他
子宮に何らかの問題があるなど、不妊検査だけではわからないことの方が数多くあります。

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川口 優太郎先生

埼玉医科大学を卒業後、総合病院勤務を経た後に、国際基督教大学(ICU)大学院博士前期課程へと進学。アーツ・サイエンス研究科にて生命科学を専攻。大学院修了後は、加藤レディスクリニック(新宿区)に勤務。同クリニックの系列病院となった中国上海永遠幸婦科医院生殖医学センターへ出向し、病院の立ち上げに携わるとともに、現地スタッフの育成・指導や培養室の運営などを行う。その後、2018年に東京都渋谷区に新規開院となった桜十字渋谷バースクリニックに培養室の立ち上げスタッフとして赴任。培養室主任を務め、指導要領の作製や培養室の運営管理とともに、生殖医療関連のセミナーにて講演を行うなど、精力的に活動。2020年に、総合的な妊活サポート行うリプロダクティブサポートファーム東京を設立し、代表に就任。

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